追悼

7月18日、世界でも最も尊敬されるべき医師の一人ともいえる、日野原重明先生が、この世を去られました。御年105歳でした。

患者参加型の医療や医療改革、終末医療の普及、医学・看護教育へのご尽力と、日野原先生の、社会への貢献には尽きるところがありません。第二次世界大戦中には、既に現役の医師として東京大空襲を経験されたという、戦後の医療の歴史そのもののような御方でもあります。その生き様やお人柄は、なんと素晴らしい方なのだろうと、テレビや雑誌などで拝見するたびに、感嘆するばかりでした。さらには、災害医療関係者の間では伝説とも称される、「地下鉄サリン事件」の際に日野原先生が院長であった『聖路加国際病院(せいろかこくさいびょういん)』が、640人以上の負傷者を受け入れて治療に当たったことも、全て日野原先生の、英断なしには、不可能であったと言われています。「何事かが起こった時に、うろたえることなく、その時出来る最善を尽くす姿勢」は、この先、自分自身にとっても教訓にしたいと、真摯に思います。

日野原先生はまた、数多くの名言を残しておられますが、その多くは自らの経験をもとに辿り着かれた、ある種「悟り」の境地にも感じられます。(一時期は、facebookの”新老人の会”で、発信日々される名言に「いいね」することが、楽しみな日課でした。)これらの言葉のひとつひとつには、深い深い思いが込められているように感じ、自分自身にとっても、戒めであり、叱咤であり、そして激励でもありました。

『外科手術や化学療法の発達した今日でもなお、最も大切な治療法の一つは、キリストの時代のごとく、「言葉による癒し」なのである。』

『自分のためにでなく、人のために生きようとするとき、その人は、もはや孤独ではない。』

『未知の世界に自ら飛び込んで、やったことのないことをやることによって、使ったことのない脳が働き出す。』

『どんな困難に直面しても、「ここから始まるのだ」ととらえ直すことができれば、私たちはかならず前進できます。』

『最期に自分の生涯を顧みて、自らが生まれてこうなったことは意味があると考えられるように、今日を生きることである。』

心より、日野原重明先生のご冥福をお祈り申し上げます。

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